頂-ただひとり-の編-あみ- 第七話 3
 

その日も、私は、思考を停止するために徘徊していた。

いつもの様に、周囲を一切気にすることなく、ただ歩く。

顔の正面についているはずの私の眼球は、その時、一切の機能を持たないと言ってもいい。

そして、いつもの様に、私の横を何かがかすめる。

眼球と同様、その役割を放棄した私の耳が、気まぐれに音声を拾う。

「バカヤロー!」初老の男性の様な声だろうか?

職務放棄の私の眼球も、かったるそうに、最低限の仕事をこなす。

錆びついた買い物用自転車に乗った、ランニングシャツのおっさんが、走り去りながら、私を見ていた。

私は、意識してだか、無意識なんだか、反射的に、反省を意味する言葉を呟いて、首だけ少し下げる。

おっさんは、不機嫌そうに角を曲がって行った。

一連の出来事を無感想に思い出しながら、歩いていると、私の聴覚神経が、またぶつくさ言った。

わたしも、不機嫌になり、かったるく、全身の神経に、持ち場につくよう、命令する。

そこにいたのは、私のすっかり怠惰になった常識感覚でも、一応、異常と捉えられる姿であった。

黒いワンピースは、まるで、喪服の様。髪の毛は、癖っ毛なんだか、ボサボサなんだか、

顔は、まあ、かわいいとしても、なんだか、近寄りがたい印象であり、

極めつけは、肩にとまったカラスだ。

何なの、この子は。頭おかしいの?

とは思ったが、私だってまともではない以上、この子にケチをつけることはできないな。

「そんなことは無いよ、あなたはまとも」

「!?」何が起きたのかわからなかった。

ああ、そうか、私の耳が変なんだ、ここんとこ、まともに物を聞いてないからな。

「あなたの耳は正常だよ。まあ、私が変なのは認めるとして」

「…な、何なんですか…あ、あなたは…」ここんとこまともに人と話していないことを思い出した。

言葉がまともに出てこない。

「無理して話さなくてもいいよ、私があなたに用があるだけだから」

余計、私が話さなきゃ駄目なんじゃないか?

ともかく、彼女が一方的に話すことには、

どうやら、私は、ある人に「焦る者」と認められた存在で、

その人から能力を与えられるのだけど、その結果、多くの人が死んだり、

もしくは、私が死んだりするらしいから、その人に気をつけろ、と…

えっと、何の宗教の勧誘?

「怪しがるのも、無理は無いけど、その人だって充分怪しいから…

まあ、この分なら問題無いかな。

いい? その人の言うことは聞いちゃ駄目だよ」

まるで、子供に、誘拐犯に対する注意を促すかの様な口ぶりだ。

大人をなめてるの? 私は大人になりきれてないけど…

っていうか、本当に、この子、何なの?

「じゃあ、一応、あなたの気にならない様にしながら見守ってるからね」

そう言って、彼女は去って行った。

本当に何だったのだ?

すっかり全身の神経が昂っている。

いつもなら、頭ばっかイライラして家路につくが、今日は何だか、色々整理をつけながら家に帰りたい。

何故か、私の頭は珍しく、悶々としたイライラがすっかり取れて、クリアになっていた。  

 

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