頂-ただひとり-の編-あみ- 第17話 5
 

今日の晩飯当番から、夕食ができたと知らされたので、編を呼びに道場に行ってみた。

編はここのところ、道場に籠っては型練習を繰り返していることが多くなった。

いても立ってもいられない気持ちはわかる。

そして、何かに打ち込んで、それに逃避したい気持ちもわかる。

だけど、晩飯が冷える様な事態は勘弁してもらいたい。

道場の入り口から、安定した思考の痕跡が見える。

瞑想状態の修行僧が発するものに似ている。

精神が安定し、良好な状態にある証拠だ。

だが、編は修行僧ではない。俗世のしがらみから解放され、悟りの高みを目指す様な存在ではなく、

むしろ、俗世に身を置き、且つ広い視野で周囲を見渡さねばならない存在なのだ。

お前がその境地に至るのは早いよ…

だが、これが、「頂」たる者の宿命なのか?

悟りの境地にありながら、世俗に降り立つ、仏陀やイエスのごときカリスマたらねばならぬのか?

戸を開くと、宮田家独自の武術の型を作る編の姿があった。

全身が脱力していながら、神経が行きわたり、まるで、そういう形の霧が発生したかのような

神秘的なエネルギー体の様にそれは見えた。

明かりもつけずに、彼女を照らすのは廊下の廊下の裸電球だけ。

だが、その存在感は、闇に浮かぶ彫像の雰囲気をも持つ。

優れた武術の技を芸術として語る者は多い。

なるほど、これは芸術だ。

編は、己の肉体、そして、その所作、武術、そして儀式、己の身体に関わる全てを芸術にしてしまった。

この年で、である。いや、何年かけようと、人の一生が例え二百年であったとして、

ここまで至る者がどれほどいようか?

そして、編は、私に気付いたわけでもなく、おそらく、ただの気まぐれで、型を解いた。

道場内が薄暗くなっているのに初めて気付いた様子で、その後、何かをつぶやき、

ゆっくりと振り向いた。

「あ、東子さん。ごめん、待ってた?」

「いや、今来たとこ。飯、できてるぞ」

「うん。着替えたらすぐ行く」

明るい笑顔を見せるが、型を解いたすぐ後から、不安定な思考が渦巻き始める。

その背中を思わず抱きしめたくなりそうになった。

それで、何かが変わるのならば、抱きしめただろう。

だが、できない。この子の背負う運命を、私は救う事などできない。

宮田家を護る家柄… この子の教師… 肩書きだけで守っていた気になって…

私は、どうしようもなく無力だった。  

 

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